みことば―人と社会を変革する力

みことば――人と社会を変革する力

「声なき者の友」の輪・代表  神田英輔師より

●この記事は、新生宣教団の機関誌『つながり』(2013年1月号)に掲載されたものです

「私たちの日ごとの糧を今日も与えてください」と祈る日本の教会が責任を果たすために、この世界から飢餓に苦しみ「食事ができないで困っている人々を一掃したい」と願って立ち上げられたキリスト教系NGOで30年近く奉仕をさせていただく中で、いろいろと貴重なことを学ばせていただきました。

おカネや物資の限界

緊急事態においては、確かに食料や物資を提供させていただくことが必要です。しかし、長いあいだ継続的に提供し続けることが、この方々の中に「依存」の体質を作り出し、働く意欲を奪い、自立から遠のく姿も、残念ながら見てきました。おカネやモノを提供するだけでは飢餓問題の根本は決して解決しないのです。
使徒の働き3章で、ペテロとヨハネが生まれつき足のきかない男と出会った時、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう」と言っている箇所があります。彼らは自分たちの体験から金や銀が本当の解決をもたらしてくれるのではないということを知っていたのです。彼らがこの男に伝えたのは、自分たちがイエスと出会い、そのみことばに触れることによって体験した「いやし」だったのです。

エチオピア伝道師と

エチオピア人伝道師とともに

絶望をもたらしていた世界観

1980年代、私自身が最初から支援活動に関わらせていただいたアフリカ・エチオピアのひとつの村は、極度の食糧不足で村人全員が餓死寸前の状態でした。もちろん、緊急の食糧配給からのスタートでした。村人全員がイスラム教徒というこの村を支配していたのは、自分たちは間違いを犯すので、アラーの神に呪われても“仕方がない”という「運命論」でした。「諦め」と絶望感が村全体を覆っていたことを思い出します。聖書のみことばを伝えたいと願ってもイスラムの村ですから許されません。私たちはただ聖書のみことばに従ってこの方々の隣人になって、お仕えすることに集中したのです。

人々と村を変革した聖書の世界観

やがて、「なぜあなたたちは私たちに対してこんなに良くしてくれるのですか」という問いかけをする人々が出てきました。イスラムの村であっても、質問されたらそれに自由に答えることは大手を振ってできます。自分がイエス様と出会ったことや聖書のみことばからの分かち合いができるようになっていったのです。人々が聖書の世界観を理解するようになっていった時、まず、起こった変化は彼らが自分自身に自信を持つようになっていったことです。「神のかたち」に創造された自分に価値と意味を見出したからです。この人々の生き方がこれまでと違って積極的なものに変わり始めました。「分かち合い」が始まりました。この人々を見て、それに倣う人々が起こされていきました。やがて村全体が変革されていったのです。現在、この村には35の教会が生まれていると聞いて主のみ名を賛美しています。

イスラムの村で村長と

イスラムの村で村長たちとともに

暗闇に輝く光

「聞いたことのない方を、どうして呼び求めることができるのでしょう」。貧困と飢餓にあえいでいた人々に対してキリスト者が隣人になってお仕えし、具体的な小さな助けを提供するとともに、聖書のみことばが届けられ、人々の世界観が変革されていった時、神の奇跡の業が起こったのです。聖書のみことばこそが人と社会を変革する力です。
世界には、貧困のためにパンを口にすることができない方々がおられるとともに、「命のパン」である聖書のみことばに触れる機会を奪われている方々も多くおられるのです。このような方々に新生宣教団のような働きを通して、印刷された聖書が届けられていることに主のみ名を賛美します。聖書のみことばがこれを読む方々の内に受肉し、みことばが暗闇の中で燦然と光を放ち、主の栄光が現されていきますようにお祈りしています。

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