マタイ受難曲とは?聴きどころを解説

マタイ受難曲とは

イエス・キリストの復活を記念する「復活祭(イースター)」。今年2024年は3月31日がイースターにあたります。教会では、イースター前の日曜日を除く40日間、「受難節(四旬節、レント)」という期間を過ごしますが、その最終週の金曜日に演奏されてきたのが「受難曲」です。J.S.バッハの《マタイ受難曲》は、日本でも数多くの人に愛される傑作です。

今回は、今年のイースターに向けて《マタイ受難曲》を聴いてみたいという方のために、作品の背景や聴きどころをご紹介します。


都倉
Writer Profile都倉

ライター/編集者、時々漫画家。プロテスタント系の高校を卒業後に渡米。さまざまなマイノリティが住むニューヨークに滞在した経験から、差別や貧困・格差などの社会問題に関心を持つようになり、現在の活動の軸となっている。帰国後ずいぶん経ってから再び教会へ行くようになり、2022年のクリスマスに受洗。好きなものは大型犬。

 

バッハの源、宗教改革者マルティン・ルター

バッハはその人生の大半を教会音楽家として過ごし、教会カンタータやオラトリオ、受難曲、オルガン曲など、数多くの宗教曲を残しました。バッハはほとんどの自筆譜の最後に「SDG(Soli Deo gloria、ただ神にのみ栄光)」とサインしており、神に仕えるという召命感を持って作曲していたことが窺(うかが)われます。

ヴァルトブルク城の一室でルターは聖書をドイツ語に翻訳した

ヴァルトブルク城の一室で
ルターは聖書をドイツ語に翻訳した
A.Savin, FAL, ウィキメディア・コモンズ経由で

バッハ生誕の地アイゼナハは、宗教改革を行ったマルティン・ルターとも関わりが深い街です。ルターは、アイゼナハ郊外にあるヴァルトブルク城の一室で、新約聖書をラテン語からドイツ語へと翻訳しました。バッハの豊かな作品群の源には、プロテスタント・ルター派の教会音楽の伝統があるのです。

宗教改革は、1517年にルターが「95カ条の論題」を発表したことに端を発します。カトリック教会が民衆に免罪符(贖宥状)を売りさばき、誤った教えに導いていたことに抗議したのです。
ルターは、あくまで神学的な討論を呼びかけることを目的としており、新しい教派を作ろうと考えていたわけではありませんでした。「95カ条の論題」がヨーロッパ世界の転換点になろうとは、ルター自身も予想だにしなかったようです。

改革運動は、「聖書のみ」「恵みのみ」「信仰のみ」の三つを核に展開していきます。ルターはまず民衆でも聖書を読めるようにドイツ語に翻訳します。しかし、当時の民衆の識字率は決して高くありませんでしたから、聖書の教えを広く民衆に伝えるためには司祭による聖書の解き明かしが必要でした。そこで、ルターは礼拝にドイツ語の説教を取り入れます。それまでカトリック教会のミサはすべてラテン語で行われており、民衆には何一つ理解できなかったためです。
そして、次に行った改革が、会衆が歌えるドイツ語の讃美歌を作ることでした。

マルティン・ルターが作詞・作曲を手掛けた讃美歌『神はわがやぐら』

このように、ルター派の伝統が色濃く受け継がれた地域で、バッハは教会音楽家として活躍することになります。

 

バッハの生い立ち

ヨハン・セバスチアン・バッハバッハは1685年3月21日、ドイツ中部の街アイゼナハで音楽一家の末子として誕生しました。早くから楽才を見せ、幼少期は聖歌隊で歌っていたようです。青年期には宮廷楽団のヴァイオリニストや教会のオルガニストとして活動し、カンタータの作曲などを精力的に行うようになります。ワイマールの宮廷、ケーテンの宮廷に仕えた後、1723年からライプツィヒのトーマス教会でカントール(音楽監督)の地位に就きました。

バッハのカントールとしての仕事は大忙しでした。毎週の主日礼拝のために教会カンタータを作曲するほか、教会の聖歌隊の指導や、市民の冠婚葬祭での演奏、またトーマス学校での授業にも心を砕いていたようです。
《マタイ受難曲》もこの多忙な時期に作曲されました。当時の教会では、クリスマス前の待降節、イースター前の受難節では音楽の演奏が行われなかったため、その期間を利用して長大な《マタイ受難曲》や《ヨハネ受難曲》の作曲に取り組んだのではないかと考えられています。

 

《マタイ受難曲》の構成

バッハは全部で5曲の受難曲を書いたと記録に残されていますが、今日私たちが聴くことができるのは《ヨハネ受難曲》と《マタイ受難曲》の2曲のみです。そのうち《マタイ受難曲》は1727年に作曲され、同年4月11日にトーマス教会で初演されました※。

冒頭で触れた通り、受難曲は、受難節最終週の聖金曜日に演奏される音楽です。
灰の水曜日から始まる受難節に入ると、信徒はイエス・キリストの苦しみと十字架を偲んで心静かに過ごします。そして最終週(受難週)の聖金曜日に受難曲を聴き、日曜日の復活を待ち望むのです。

●イースターについてはこちらの記事をどうぞ

※1729年4月15日という説もあります

マタイ受難曲の構成

聖書の記事に音楽をつけた「福音書章句」と、「自由詞」「コラール詞」が織り交ぜられている。
福音書章句はレチタティーヴォで、自由詞はアリアやレチタティーヴォで歌われる。

音楽用語の解説

  • レチタティーヴォ……オペラやオラトリオ、カンタータで、朗読のように歌唱される部分。
    マタイ受難曲では、福音史家(エバンゲリスト)が「マタイによる福音書」の状況説明部分を歌います。
  • アリア……旋律的、叙情的な独唱部分。聴きどころ、見せ場となる。
    マタイ受難曲では、イエスの受難の出来事に対して、信徒が思いのうちを吐露するような内容を歌う。
  • コラール……ルター派福音教会で会衆が歌う讃美歌のこと。旋律はシンプルで歌いやすい。オルガンで演奏することもある。

第一部はイエスを逮捕する策略から始まり、イエスが捕縛されるまでが描かれます。第二部では、イエスの裁判から磔刑、埋葬までが描かれます。
マタイによる福音書の26〜27章を読むと物語の全体像がわかるので、ぜひマタイ受難曲を聴く前に一読してみてくださいね。

マタイ受難曲は全部で3時間弱に及ぶ長大な曲で、第一部は29曲、第二部は39曲で構成されています。
以下でそのうちの聴き所を数曲をご紹介します。

●プロローグ 第1曲

全体のプロローグとなる曲。これから始まる受難劇を予感させる大規模な合唱曲です。
合唱は「シオンの娘たち(聖都エルサレムの詩的な表現)」と、「信じる者たち」の二部に分かれます。エルサレムでイエスの受難を目撃する証言者と、それに喜怒哀楽をもって反応する現在の信徒たちの間で、時空を超えた対話がなされます。
冒頭の合唱曲では、計略によって死刑判決を受けたイエスが十字架を背負い歩いて行き、その様子をシオンの娘たちが遠くから見守る様子が描かれます。途中、ソプラノ・イン・リピエール(児童合唱が担当するパート)の歌うコラール「おお神の小羊よ」が、天から降り注ぐ声のように差し挟まれます。

●受難コラール 第15曲、第17曲、第44曲、第54曲、第62曲

マタイ受難曲の象徴的な「受難コラール」です。調を変えて5回登場します。
旋律はハンス・レーオ・ハスラーの歌曲『わが心は千々に乱れ』から、歌詞はパウル・ゲールハルト作曲の異なるコラールから採られています。
痛切な響きの第54曲に比べて、イエスが息を引き取った場面の直後に挿入される第62曲は、悲しみと静謐(せいひつ)さに満ちています。バッハは、「天と地の間に浮かびながら停止する旋法」と呼ばれるフリギア旋法(グレゴリオ聖歌で用いられる教会旋法という音階の一つ)でこのコラールに和声(ハーモニー)をつけました。
第62曲の受難コラールは、イエスの十字架の前に永遠に留め置かれたような、神秘的な感覚を想起させます。ぜひ聴き比べてみてください。

バッハ・コレギウム・ジャパンによる演奏

讃美歌『血潮したたる』

●ペテロの否認 第38曲a〜c

受難物語のなかでもよく知られた、ペテロが三度「イエスを知らない」という場面です。
最後の晩餐の席で、ペテロはイエスから「今夜、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と宣告され、それを否定します。が、イエスが捕われた後、恐れたペテロは「イエスの弟子ではないか」と訊ねられる度に「知らない」と否定します。3度目に「知らない」と答えた瞬間に鶏が鳴き、イエスの言った通りだったと激しく後悔して涙するのです。
福音史家によって歌われる「weinete(泣いた)bitterlich(激しく)」という語に注意して聴いてみてください。

「ペテロの否認」の場面 (1:42:42~)「激しく泣いた」の部分(1:44:55~)

●憐れんでください、神よ 第39曲

ペテロの号泣につづくアリア。
アルトが「憐れんでください、神よ。私の涙のゆえに」と歌い、ペテロの深い悲しみと懺悔が我が事のように感じられます。

●バラバ 第45曲a

逮捕されたイエスは総督ピラトのもとで裁判にかけられます。
当時、過越の祭りごとに囚人一人に恩赦を与える慣習がありました。ピラトは民衆に誰を釈放してほしいか訊ねます。「バラバか、イエスか」。すると民衆は「バラバを!」と叫びます。唐突に挿入される合唱は強烈な印象を与えます。

「バラバ を!」の場面(2:03:47~)群衆が「バラバ を!」と叫ぶ(2:05:46~)

 

ヨハネ受難曲との違いは?

ところで、前述の通り、バッハは《ヨハネ受難曲》も作曲していますが、ヨハネとマタイには楽曲の構成に大きな違いがあります。
《ヨハネ受難曲》は聖書の記事を歌う楽曲が多く、聖書の内容を会衆に伝達する構成となっています。対して、《マタイ受難曲》は、自由詞(聖書の記述に基づかない独自のテキスト)による楽曲の割合が高いのが特徴です。個人の心情を豊かに歌い上げるアリアなどが多く含まれ、より個人の信仰を深めることに重きが置かれています。

 

マタイ受難曲を聴くポイント

《マタイ受難曲》は演奏時間3時間超の大作で、全曲を通しで聴くのはなかなか根気が必要です。筆者おすすめの聴き方は、まず「聖書の受難記事(マタイによる福音書26〜27章)を通しで読むこと」、そして「イエスの受難を自分事として捉えて聴くこと」です。

人は程度の大小の罪を問わず、さまざまな罪を犯すものです。イエス・キリストはそんな私たちの罪を贖うために十字架にかかりました。「イエスを十字架にかけたのは他ならぬこの私なのだ」という意識を持ちながら《マタイ受難曲》を聴くと、イエスを知らないと言ったペテロ、イエスを裏切ったユダ、あるいはイエスを十字架にかけろと叫んだ群衆の一人など、あらゆる登場人物の中に自分の姿を見出すことになります。
時空を超えてイエスの受難の出来事を追体験した後は、イースターがことのほか喜ばしく祝祭的に感じられますよ。

 

まとめ

バッハの《マタイ受難曲》についてご紹介しました。
受難節はイエス・キリストの十字架の意味を考えるこの上ない時期でもあります。ぜひ今年のイースターはマタイ受難曲を聴いてから、イースターを迎えてみてはいかがでしょうか。


参考文献:
磯山雅『マタイ受難曲』 築山書房 2019年
磯山雅『バッハ=魂のエヴァンゲリスト』 東京書籍 1985年
辻荘一『J.S.バッハ』 岩波新書 1994年
音楽之友社・編『J.S.バッハ』 音楽之友社 1993年
徳善義和『マルティン・ルター ーことばに生きた改革者』岩波書店 2012年

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